Fleurinary株式会社
ブランスクム文葉
“アベンジャーズチーム”で超越しながら、次の挑戦者の舞台をつくる ー 時間と選択肢を生み出した創業融資 ー
2025年8月21日

起業家支援、新規事業立ち上げ、コミュニティ運営など、まだ形になっていない“曖昧なもの”を形にする伴走支援や場づくりを通じて、多様な挑戦を支えるFleurinary株式会社。
創業者の文葉さんは、型にはまらず‘’自分‘’を選び続けてきた生き方として起業し、現在チームを柔軟に組み替える“アベンジャーズ型”で事業を推進しています。
創業融資で次の挑戦の土台を築きながら、「正解は一つじゃない。誰かの人生に“楽に生きる選択肢”を」この変わらぬ信念のもと、事業を通じて関わる人たちに気づきを届けています。
そんな信念が培われたこれまでの選択と、これからの挑戦について伺いました。
Fleurinary株式会社 代表取締役 ブランスクム 文葉 Facebook / X
オリエンタルランドでの店舗運営・人材育成、ディズニーシー立ち上げを経て、CCCで経営管理やCFO秘書を担当。野村證券にて15年間FA業務に従事後、01Boosterでインキュベーション施設の立ち上げや女性起業家支援、高校生への起業教育などに携わる。2024年に独立し、多様な世代・背景の人々の可能性を引き出す環境づくりを推進。Prospera Women日本支部代表。All Bridge株式会社社外取締役。MBA保有。
目次
型にはまらず、自分で選ぶ。19歳で始まった“ロックなキャリア“
interviewer:
最初に、現在に至るまでのキャリアについて教えてください。
文葉さん:
私は宮城県仙台市出身です。
両親はかなり保守的で、きっちりした性格の2人。愛情深く育ててもらいましたが、小さい頃から、“枠”のようなものに息苦しさを感じていて、「早くこの環境から出たい」とずっと思っていました。大学に入ったら一人暮らししていいと言われ、それを目標に進学。
ただ、その時は何かやりたいことがあったわけではなく「大学に入ること」自体が目的になっていて…。入学後すぐ、「ここで4年過ごすのは無駄だな」と感じてしまい、1ヶ月で大学に通わなくなり、そのまま辞めました。
そんな時、ふと「私、ディズニーのキャストになりたかったんだ」と思い出したんです。
それで親の反対を押し切って上京し、ディズニーでアルバイトからスタートするという、今振り返ると‘’ロック‘’な決断をしました。「せっかく反対を押し切って出てきたんだから」とがむしゃらに働き、社員へ昇格。最終的には東京ディズニーシー立ち上げプロジェクトに参加し、オペレーションマニュアル作成やキャスト教育など、組織立ち上げの中核にも関わらせてもらいました。
大きなプロジェクトをやりきった達成感があった一方で、「もうやり尽くした」という感覚が強く残りました。いわゆる燃え尽き症候群ですね。このまま同じ働き方を続ける自分が想像できず、次のステップに進むことを決めました。
*
文葉さん:
ディズニーを退職して東京の街に出たとき、ふと「自分には何のスキルもないんだな」と気づいたんです。
培った笑顔とおもてなしだけじゃ、自分が思ったようなカタチでは食べていけない。
そこから経理や簿記、ファイナンシャルプランナーなど、実務で役立ちそうな資格をいろいろ勉強しました。ただ、当時は景気が良くない環境もあり、なかなか採用してもらえませんでした。
そんな中、たまたまご縁をいただいたのが、カルチャー・コンビニエンス・クラブ(CCC)でした。まだTSUTAYA書店よりビデオレンタルが主流の頃で、わたしはIRや経営管理部門のサポートを担当しました。ちょうど一部上場を控えた時期で、上場基準に合わせていく中、当時の組織はよい意味でカオスでした。その中でCFOの秘書役も兼務することになり、業務をサポートするうちに、上場の主幹事だった野村證券の担当者と接する機会がどんどん増えていったんです。
interviewer:
そこから野村證券への興味が生まれた…?
文葉さん:
そうなんです。「なんか証券会社、面白そう」と思って(笑)気づいたら転職していました。
選んだのはファイナンシャルアドバイザー(FA)の職種。地域密着型で転勤もなく、未経験でもOK、頑張った分だけ成果が報酬に反映される仕組みで、将来子育てと両立できるかもしれないと思って入社しました。
interviewer:
実際、どのようなお仕事をされたのでしょうか?
文葉さん:
FAとして15年働きました。入社して数年は相場が好調で、努力しなくても株価が上がる時期。会社方針通りに売買提案をしているだけで、お給料も右肩上がりなので「私ってイケてるじゃん」と天狗になっていました。
でも、リーマンショックが起きて状況が一変しました。
好調だった相場が一瞬で崩れ落ちていく中で、初めて“鼻を折られる”体験をしました。
「相場ってこんなに怖いんだ」と感じると同時に、自分がいかに勉強せず、結果的にお客様の大切なお金の意味をしっかりと理解しきれずに扱っていたことに気づきました。
interviewer:
ご自身の認識を強烈に変えるきっかけになったんですね。
文葉さん:
はい、その時、心の奥にふと浮かんだんです。
「そもそも、この資本主義の構造って本当に正しいんだっけ?」と。
利益を追及するという構造上、目の前の資産を売り買いしてパイを奪い合う。数字が膨らめば評価されるけれど、それは本当にお客様や社会に価値を返せているのか――。
そんな根本的な疑問が、自分の中に強く残りました。だからこそ「ちゃんと金融やファイナンスを学び直して、自分が納得できる形で人や社会と関われる仕事をしたい」と思うようになったんです。
そこで選択した道が、グロービス経営大学院です。
大学を中退していた私にとって、ゼミやサークルのような“学内コミュニティ”は初めての体験。勉強はもちろん、仲間とのプロジェクトやイベント企画もとにかく新鮮で、まるで青春をもう一度体験したような感覚でした。夢中になって活動しているうちに「文葉さんってコミュニティづくりが得意そうだから、スタートアップ支援施設のコミュニティマネージャーをやってみませんか?」と声をかけてもらったんです。
その出会いが、前職の事業創造をサポートする株式会社ゼロワンブースターでした。
interviewer:
そこでも面白いご縁があったとか。
文葉さん:
ちょっとした偶然なんですが、ゼロワンブースターの創業者は、以前カルチャー・コンビニエンス・クラブで私の直属の上司だった鈴木さんだったんです。10年以上経って、まったく意図せずまた同じ人のもとで働くことになるなんて、人生って不思議ですよね。ゼロワンブースターでは、スタートアップのアクセラレーションやインキュベーションの現場に立ち、起業家支援や新規事業の立ち上げを数多く経験しました。
ここで、これまでの大企業での経験と、ベンチャーならではのスピード感や柔軟性が自分の中でつながっていった感覚がありました。
“所属しない”私が、起業を選んだ理由
interviewer:
もともと、起業は考えていたのでしょうか?
文葉さん:
いえ、まったく考えていませんでした。私は新しい山を見つけると、登りたくなっちゃうタイプで積み上げてきたものを、ふと「これでいいのかな」って壊したくなる瞬間がくるんです。でも、そんな性格だからこそ、経営者として誰かを巻き込む「起業」という選択肢は、自分に向いていないと思っていたんです。
チームで1つの事業を長く育てていくスタイルは、性に合わないんじゃないかって。
interviewer:
その考えは、どう変化していったのでしょう?
文葉さん:
ゼロワンブースターでの仕事はやりがいもあり楽しかったけれど、「これを20年、30年続けていくのか」と考えたときに、迷いが生まれてしまって。同じ船に乗り続けるイメージが持てなくなったんですね。
それから転職を考え、転職サイトを見たりもしました。
自分がやってきたこと軸の職種で探すと、人事とか広報、組織系などが出てくるけれど、じゃあその先に紐づく事業って、今までやったことないという感覚でみてしまう。
また、私はもうすぐ50歳になるんですけど、その年齢で転職しようとすると、管理職が多い。でも、マネジメントをやりたいわけじゃない。
ーー「ここには、わたしのやりたいことはない」。転職という選択肢ではないかもな、と感じたんです。
同時に友人たちに相談したところ、口を揃えて「あなたに当てはまる職種のような型はないんだから、もう独立しなよ」と(笑)。そこで初めて「あ、独立もあるな」と選択肢として考え始めました。グロービスで築いたネットワークや、スタートアップのエコシステムの中で出会った多くの人たちの顔を思い浮かべた際に、会社という組織に属していなくても、やりたいことをやろうと思えば声をかけられるメンバーがいることに気づいたんです。
interviewer:
それはまさに、財産ですね。
文葉さん:
本当にそう思います。プロジェクト単位で人を集めれば、まるで“アベンジャーズ”みたいなチームがいくつもつくれる。
組織に縛られずに自分の強みを生かせる働き方として、起業を決めました。

“アベンジャーズ型”で組織する、多層的プロジェクトチーム
interviewer:
現在の事業について、教えてください。
文葉さん:
起業家支援、新規事業支援、プログラム運営、PM、コミュニティ設計――自分の得意なことをベースに、さまざまなプロジェクト推進の支援をしています。
特に多いのは、起業家支援プログラムのマネージャーや、インキュベーション施設のコミュニティ運営の設計など、まだ形になっていない曖昧なものを形にしていくプロジェクトマネジメントです。クライアント様は、大手企業から中小ベンチャー、スタートアップまで幅広く、例えば大手企業内でコミュニティスペースを立ち上げる際の相談や、既存施設の活性化に関するアドバイスも行っています。
私が大事にしているのは、クライアント様や仲間等、関わる人たち自身がどう成長し、どう幸せを感じられるかを考えて、その環境をつくることです。
interviewer:
その想いは、これまでのご経験から生まれたものですか?
文葉さん:
そうですね。起業家支援の現場でも、他者が決めた“正解”に自然と縛られて、結果的に苦しくなる人を何人も見てきました。
例えば、ユニコーン企業を目指すことが唯一の成功モデルだと思い込んでしまったり。当たり前ですが成功の定義は人それぞれで、他人が決めるものではない。過去の自分と今の自分を比べて、「これでいい」と思えるかどうかだと思うんです。
だからこそ、一人ひとりが自分らしい生き方を選び、自信を持って「違う」と言える勇気を持てるような支援をしていきたい。そんな想いが、今の事業のベースにあります。
interviewer:
なるほど。現在一緒に動いているチームは、どんなメンバー構成なんですか?
文葉さん:
今は20〜30名ほどの仲間がいて、1つのプロジェクトでは10人程度のチームを組むことが多いです。
たとえば、ゼロワンブースター時代から関わっている東京都主催の女性起業家支援プログラム「APT Women」では、社員だけではなく、グロービス時代のネットワークから「この人は広報が得意そう」「この人はコンテンツ設計ができそう」と信頼できる仲間を数人アサインしてチームを作りました。
その後も、新しいプロジェクトが始まるたびに既存メンバーを再編成したり、新しい人を加えたり。まるでおでんの“秘伝のタレ”のように、経験やノウハウが継ぎ足されながら、チーム全体が熟成していくイメージです。
interviewer:
プロジェクト単位で“アベンジャーズ”をつくり、アップデートされていくようなスタイルですね。
文葉さん:
そうなんです。私と一緒に働いた経験があるメンバーが核となり、そこに新しい人を巻き込みながら、チームが成長していくのを日々感じます。
プロジェクトごとに集まり、解散し、また別の場所で出会う。そのサイクルが新しい発想や挑戦を生み、私自身の成長にもつながっている。この“アベンジャーズ型”のやり方は、私にとってただの手段ではなく、価値観そのものなんです。
interviewer:
現在、進行中のプロジェクトで具体的に共有できるものがあれば教えてください。
文葉さん:
2025年11月に開催を予定しているグローバルサミット「InnovateHer Tokyo 2025」です。
「世界を私たちの舞台に。全ての挑戦する女性へ新しいステージを」テーマに、女性に限らず、志を持って一歩踏み出すすべての人を支える場をつくり、仲間とつながりながら次のステージへ進めることを目的としています。
開催のきっかけは、昨年10月、私自身がイタリアのサミットに登壇した経験です。初めての国際イベントで不安もありましたが、現地で出会った人々が非常に温かく、積極的にサポートしてくれたことに感銘を受けました。この体験から、日本の女性含む起業家にも同じような出会いや支援の機会が必要だと強く感じ、「東京でこういう場を作りたい」という想いで、絶賛準備中です。

起業後 “備え”の選択。創業融資で広がる挑戦の土台
interviewer:
ファイナンスについてお伺いをさせてください。今回の創業融資を実行しようと思ったきっかけを教えてください。
文葉さん:
先ほどお話した「InnovateHer Tokyo 2025」がきっかけでした。
スポンサーフィーなどの収入が入ってくるタイミングよりも、費用となる海外登壇者費用、渡航費など、先に資金が出ていくことが多いプロジェクトのため、リスクヘッジの意味も含めて、先に借りておこうと。
あとは、将来何か新しい挑戦をする時に、設備投資などで資金が必要になったら、そのときにちゃんと借りられるよう、今のうちに“返済実績”をつくっておいた方がいいというアドバイスもあって、納得感がありました。
interviewer:
最初はご自身で融資の進行をされていたと伺いました。
文葉さん:
はい。実は創業前に「若者女性2.0」という支援プログラムにも相談していて、必要なフロー等、アドバイスももらっていました。でも、いざ動こうとすると、手続きがなかなか進まず。複数プロジェクトの推進も重なり、事業計画書を書くのも、融資のための電話をかけるのも後回しになってしまい、しばらく放置してしまったんです。
そこで「これはもうプロにお任せしよう」と思って、INQさんにお願いしました。
interviewer:
実際に支援を受けられたプロセスで、何か印象に残っていることはありますか?
文葉さん:
とにかくストレスがない完璧なフローでしたね。
担当の片岡さんが「これを準備してください」「次はこうなります」と、先回りして丁寧に連絡をくださって。ラリーが少なく済んだのが本当にありがたかったです。事前に連携いただいたフローやスケジュールに準じて進行すればよいな。と、安心できましたし、提出した事業計画書もほとんど手直しなしでスムーズでした。
interviewer:
最終的には1,000万円の融資が実行されましたよね。
文葉さん:
はい。もともと厳密に融資想定額を設定していたわけではないですが、「数百万円〜1,000万円の幅だったら通るかも」という貴社とのやり取りの中で、前述した今後のために返済実績をつくるという視点でも、できる範囲の最大値で進行したいという考えで、想定していた最大値1000万円で融資がおりました。
結果的にも、やはり、いざというときの備えとしても心強いです。創業期にこの“安心の余白”があることは、挑戦の幅を広げるうえで大きな意味があると感じています。
interviewer:
今回のご経験を踏まえて、融資サポートをおすすめするとしたら、どんな起業家の方でしょうか?
文葉さん:
特に私が関わっている女性起業家には個人的に勧めたいと思っています。
もちろん費用はかかりますが、事業計画書の作成や手続きに費やす時間を、自分のクリエイティブな活動や事業づくりに回せるメリットは大きいです。特に資金周りが苦手なシード・アーリー期の女性起業家には非常に有効だと思いますし、今後のプログラムでも紹介の検討をしていきたいです。
“正解”は一つじゃない。誰かの人生に“楽に生きる選択肢”を
interviewer:
今後の展望、そこへ向かっていく上での変わらない想いがあれば教えてください。
文葉さん:
自分だけじゃなく、関わってくれている人たち――社員だけじゃなくて、一緒にプロジェクトを進めている仲間含めた方たちが、どうすればより成長できるか、幸せに働けるか。
その問いに向き合いながら、実現できる環境をつくりたいという思いが、昔から変わらず根っこにありますね。
interviewer:
「成長」という言葉には、どんな意味を込めていますか?
文葉さん:
お給料が上がるとか、昇進するとか、そういう意味だけじゃなくて。もっと“自分らしく生きられるようになる”というか、「こうであらねば」と思っていたものから自由になっていく、そんな感覚です。
私自身、過去の経験やそこで出会った仲間とのご縁で、自分の選択肢が広がり、生き方がすごく楽になったんですよね。承認欲求も減って、「100人に好かれなくても、1人でも自分を理解してくれる人がいればそれでいい」と思えるようになった。それも大きな成長だったと思っています。
全員がスケールアップを目指す必要なんてないー。
自分の目指すライフスタイルや価値観に合った事業の形があるはずで、「こうあるべき」に流されずに、自分の正解を信じてほしいんです。そんな場づくり、環境を引き続き、仲間と一緒に価値として提供していきたいです。
interviewer:
文葉さんが、19歳の頃 “ロックな自分” の選択を起点に、育んできた価値観なのですね。
文葉さん:
そうなんです。19歳で大学を辞めて東京に出た時の、「地元を飛び出して自分で人生切り拓くんだ!」っていうあの感覚に、今の自分が負けてないか。
今もその視点で、社会が定めた規定だけでなく、過去の自分に誇れる選択をしているかと常に問うようにしています。だからこそ、自分の過去と比べて「私は今、前に進めている」と思えるかどうかーー。
きっとこれからも、それが私にとっての“成長”の軸なんです。

※本記事は、取材時点の情報です
※インタビュアー・編集:株式会社INQ 遠藤 朱美
※デザイン:高橋 亜美
▼本プロジェクトのコンサルタント担当者

片岡優也
1992年滋賀県野洲市生まれ。明治大学法学部卒。
卒業後、営業スキルを鍛えるため、リクルート系大手人材派遣会社にて営業職として勤務。 営業部門で年間表彰を受けるなどトップセールスの記録を持つ。 ビジネスにおいて金融及び法律の知識は必須であるという考えから、行政書士資格を取得する。 前職の営業経験とフットワークを活かし、2年間で200件を超える融資案件を担当。 クライアントの問題解決のために多角的なコンサルティングを行っている。 迅速な対応と丁寧なフォローでクライアントの信頼も厚い。
2匹の猫、一児の父。