株式会社ザ・ファージ

德永 翔平

血糖×AIで日常を変える、“不可逆”を防ぐ社会実装を|資本性ローンで描く、成長戦略

2025年12月9日

「健康選択の自由をすべてのひとへ」をビジョンに掲げ、個別化医療・ヘルスケアを実現へ向け事業展開をしている株式会社ザ・ファージ。

代表の徳永さんは、生体情報の研究開発と医療機器の社会実装に約15年取り組んだ中で、日常の中にある血糖値データの可能性に拓かれていることへの気づきから、2021年に同社を創業。
昨年2024年Pre-Series Aラウンドでの4億円調達も経ながら、事業拡張を続けています。

そんな徳永さんのキャリアの軌跡、事業運営上でのぶれない価値観、今後の展望について伺いました。

株式会社ザ・ファージ 德永翔平 代表取締役 CEO & Founder
1989年生まれ。東京都出身。青山学院大学卒業後、医療機器メーカーの日本支社立ち上げスタッフとしてキャリアをスタート。次世代医療機器の開発から上市をリードし、生体情報センサを用いた新規医療機器の社会実装や、同機器を用いた新規診療報酬改定のための治療ガイドラインの構築・改訂の経験を持つ。日本進出後、事業撤退の危機にあった生体情報センサのビジネスを 1 年で黒字化させ、その後 3 年間に渡り、世界一の販売実績で国内外から合計 4 度の受賞、2 度の学会発表を通じて CASMED 社の Edwards Lifesciences 社による買収に貢献 。2021年 血糖値予測AIの開発を行う株式会社ザ・ファージを創業。

先端技術に触れながら拡張していったキャリアパス

interviewer
まずは徳永さんのこれまでの主なキャリアの変遷を教えてください。

徳永さん
私は約15年程、生体情報の研究開発と、医療機器としての社会実装といったものに取り組んできました。主に扱ってきた分野としては、センサーや光学技術です。

キャリアのスタートはアメリカの医療レーザーメーカー日本支社の立ち上げでした。約3年間、現場での臨床導入やマーケティングを担いながら、技術をどう現場に届けるかを経験しました。その後、商社に移り、医療機器スタートアップへの投資や、海外医療機器の日本でのリリースといった事業に携わりました。

その事業がM&Aに成功したタイミングで、新卒の時の先輩とのご縁から、台湾企業の米国上場プロジェクトに参画するためドイツに赴任しました。これは、非常に挑戦的なプロジェクトで、いままで培ってきた専門領域と医療機器の知見を活かしながら、ドイツの研究所で事業開発に専念しました。

帰国後は、生体情報やセンサー技術の強みを生かし、フィリップスに入社。ドラマでよく見る心拍モニターなど、生体情報モニタリングのR&Dとマーケティングを担当しました。

役割としては、マーケティングから始まり、論文作成や商品開発、そして最終的に事業開発へと進化してきながら、時間軸と共に、川下から、企画・開発といった川上へと、領域を広げていった形です。

interviewer
元々、医療や先端技術にご興味を持たれた背景は何だったのでしょう?

徳永さん
先端技術領域で仕事をしたいという志向は元々あったのですが、医療への関心は、学生時代の海外研究滞在の経験が大きいです。
栄養失調になり、病院のお世話になることが何度かあり、その経験から「医療っていいな」と思ったのがきっかけでした。

また、幼少期から父が海外でビジネスをしていた影響で、「海外に行ったほうがいい」という意識が刷り込まれていたのかもしれません。

interviewer
なるほど。多様なキャリアの中で、今も変わらず活きている考え方はありますか?

徳永さん
今の仕事の仕方にそのまま活きているのは、事業開発の経験で得た学びです。会社を運営する上で「高度な知識の融合が必要である」という概念と価値観を非常に大切にしています。

医療領域は特にそうですが、マーケティング、研究開発、セールス、経営層など、多様な関係者を巻き込む必要があり、それぞれ視点も言うことも異なります。そのため、みんなが話せる「共通言語」に直し、一つの目標に向かっていく。要件を整理し、目標を定めていくプロセスが最も大変であり、今も最も大切だと思っています。

interviewer
「知識の融合」を実践する上で、特に重要なスキルやマインドはどんな点でしょう?

徳永さん
スキルとしては、相手の頭の中に浮かぶイメージ、いわゆる「表象」を合わせるための表現です。絵でも言葉でも手段は何でも良いのですが、相手が思い描く表象を合わせるために、相手に合わせた表現で合意を取っていくことが重要です。

また、複雑に見えるものを因数分解し、目的1、目的2、目的3…と分けて、どれを優先するかをすり合わせる。価値観の調整が不可欠です。これは広義のプロジェクトマネジメントだと思います。

マインドとしては、「絶対に解ける」という感覚を持つこと。すぐ諦めてしまうと嫌になってしまいます。粘り強く取り組む胆力のようなものが必要だと思います。

interviewer
価値観のすり合わせにおける、ご自身のビジョンと、相手に寄り添う姿勢のバランスはどう考えていますか?

徳永さん
自分が信じているもの、これは必ず必要です。ビジョンやミッションとして現れるものですね。

目標や方針をまず掲げる。そのうえで逆算したり、前向きな予測を並べながら、「この場合はどう思いますか?」「どちらの方が目標に近づくと思いますか?」と意見を交換し、価値交換していく。そういうスタイルでコミュニケーションをとっています。

「病院の外」の生体情報で──血糖データへの着想

interviewer
現在の会社運営の根幹につながる「知識の融合」のスキルセットを獲得されながら、創業に至ったきっかけは何だったのでしょうか?

徳永さん:
これまで携わってきた生体情報の多くは「病院の中」で扱われるものでしたが、「病院外の日常」に存在する生体情報の可能性に強く惹かれていきました。その中心にあったのが「血糖値」です。

血糖値の特徴は、反応が速く、生活習慣によって必ず変動すること。例えば、体温はそう簡単には変わりませんが、血糖値は食事をするとすぐ上昇する。この観察を重ねる中で、血糖値は医療データの中でも「行動に最も近いデータ」だと気づきました。

さらに、血糖値は変動しやすいデータだからこそ、他の生体情報と掛け合わせることで、体内で何が起きているのか原因を解析しやすいと考えました。

interviewer:
血糖値データの可能性に惹かれながら、それを事業の軸にしようと決めた背景には何があったのでしょう?

徳永さん:
コアになっている原体験は、父が双極性障害だったことです。
病院に通う頻度や診療だけでは改善しきれないものがあると感じ、「もっと自然な方法や生活習慣の中で、発症する前に対処できる道があるのでは」と考えるようになりました。

また、生体情報が病院内からウェアラブルへと広がっていく流れを見てきた経験から、日常の中で活用できれば「病気にまずさせない」ことが可能になると考えました。

interviewer:
まさに、ビジョン「健康選択の自由をすべてのひとへ」につながっていますね。起業の後押しとなったものはありますか?

徳永さん:
父が起業していたことや、周囲の友人たちが起業していたこともあり、起業自体は比較的身近でした。ただ、実際に自分で踏み出すとなるとやはり不安はありました。

そんな中で一番大きかったのが、共同創業者の志連の存在です。
彼とは起業の1年ほど前、ボランティア活動で知り合いました。そこからインキュベーション施設(QWS)で再会し、すでに志連は起業していた。その姿を見て、自分も挑戦したいという気持ちが強くなりました。

interviewer:
「この人と一緒にやる」と確信した決め手は、何だったのでしょう?

徳永さん:
信用できる、という感覚がありました。この人となら楽しくやれる。

少しの言葉や雰囲気の中にある“誠実さのニュアンス”のようなものに触れ、「この人のためなら絶対に裏切らない。むしろ、裏切られてもいい」と思えるほどでした。

現在の事業内容と事業運営の核:「恒常性」

interviewer:
改めて現在の事業内容について、教えてください。

徳永さん:
主に2つあります。

1つは、データに基づく遠隔栄養相談サービスです。管理栄養士の方が、糖尿病予備軍の方や患者さんに栄養相談を行う際、民間店舗や医療機関など場所を問わず、データを活用して効率的に提案や指導ができるよう支援しています。

もう1つは、私たちが得意とする生体情報の解析技術を活かした事業です。特定保健用食品やヘルスケアサービスの企画・開発を行う事業者様向けに、データ解析コンサルティングを提供しています。

根底にある考え方として、「誰もが健康をコントロールできるようにするためには、日常生活の中にある関連性を紐解き、改善につながる提案をする存在が必要だ」というものがあります。そのために、生体情報と生活行動を解析するAIの開発を進め、個別最適化された提案を実現するプラットフォームの構築も目指しています。

interviewer:
2021年創業で、現在は5年目。会社運営をする上で最も大切にされている軸や価値観は何でしょうか?

徳永さん:
大切にしている価値観は「恒常性」です。
限界まで働いて疲弊してしまうと良い結果は出ませんし、不可逆な状態にもなってしまう。かといって、中途半端に動いても成果は出ない。その“塩梅”をどこに置くかが重要です。

「不可逆な状態にならないけれど、一生懸命取り組める状態」をつくること。そのバランスを最も大切にしながら会社を運営しています。

interviewer:
その「塩梅」をどのようにマネジメントしているのでしょう?

徳永さん:
大きいのは“型をつくる”ことです。

たとえば、プロジェクトのキックオフではインセプションデッキを丁寧につくり、チームで「どの価値観を大切にするか」をじっくり議論します。

そのうえで、誰がコンタクトを取るのか、誰に相談すべきかといった基準を明確にする。権限移譲がスムーズにできるよう、PM(プロジェクトマネージャー)が自分の判断で推進できる環境を整えます。皆が同じ価値基準という羅針盤を共有することで、無理なく・迷わず前に進めるようにしています。

ザ・ファージの考え:食後血糖値のデジタルプラットフォーム構想

ビジョン実現のためのファイナンス手段:Pre-Series Aラウンドから資本性ローンの選択

interviewer
ここからはファイナンスについて伺います。
創業当初から、目指す未来を踏まえて資金調達手段を決めていたのでしょうか?

徳永さん
はい。最初からエクイティでいくと決めていました。大きなことを実現するには、外部資金を入れて利害関係者を増やし、みんなで一つの目標に向かう必要があると考えていました。

interviewer
2024年9月にPre-Series Aラウンドで4億円調達されています。調達の狙いや投資家さまと組む上で重視された点は何でしょうか?

徳永さん
このラウンドの最大の狙いは、血糖値を基軸にした生体情報の基盤モデル、つまりAIの開発です。高い特性を持つ個人情報を大量に集め、次世代AIの基盤をつくることが目的でした。

投資家さまを決める上で重視したのは、最終目標を共有できているかどうかです。我々の領域は、食品・医療・保険など、様々な産業とのオープンイノベーションが不可欠です。そのため、ビジョン・ミッション・事業計画の方向性がしっかり一致しているかをかなり厳密に確認しました。

結果として、シード期から支援いただいているジェネシア・ベンチャーズに加え、新規でビジョンインキュベイト、ケイエスピー、明治、TOPPANホールディングス、みずほキャピタル、未来創造キャピタル、メディヴァなど、大学発VC・ディープテック企業・事業会社と、多様なプレイヤーに参画いただきました。

interviewer
ここに至るまで、投資家さま探しのアプローチ数はどの位されたのでしょうか?

徳永さん

起業前はスタートアップの常識も十分理解できていなかったこともあり、本当に多くの投資家の方に会いました。100社は確実に超えていると思います。

interviewer
まず、出会いの量があったのですね。
Pre-Series Aから、直近の資本性ローンは当社が伴走させていただきましたが、元々当社を知ったのはいつ頃だったのでしょう?

徳永さん
実は創業前です。起業しようと思った頃はコロナ禍でネットワークが限られていたため、行けるインキュベーション施設には足を運んでいました。そこで偶然、若林さんにお会いして声をかけていただいたのが始まりです。

interviewer
今回、資本性ローンの調達で当社をパートナーに選ばれた理由は?

徳永さん

若林さんには出会い以来、ファイナンスの壁打ちや投資家のご紹介など、多方面で支えていただいていました。
自分の実現したいことを共有した際も、事業解像度の高いフィードバックをくださり、とても信頼していました。だからこそ、「若林さんとぜひやりたい」という想いが強かったです。

Pre-Series Aを経て、「絶対にこけられない勝負」に挑む状況となり、期間も決まっていた中で、最もフィットする調達手段として資本性ローンを提案いただき、実行に向けて進めていきました。

interviewer
INQの支援プロセスで印象に残っている点はありますか?

徳永さん
まず、丁寧な要件定義ですね。
ヒアリングにしっかり時間を使っていただけることで、事業解像度の高い議論ができ、自分の理解が深まる感覚もありました。

また、融資を進める上では金融機関との連携が不可欠で、外部の方をどう巻き込むかが非常に重要です。

御社がこれまで圧倒的な物量を通じて培ってきた知見は、単に社内に管理部門がある状態とは全く違う価値だと感じています。専門家と並走しながら進める中で、ちょっとした一言や、やり取りで外部の方の行動変容につながっていく様を実感する。

そうした巻き込み力は、結果に大きな差を生むと実感しています。

「不可逆な状態にさせない」社会の構築へ

interviewer
最後に、今後の展望と、変わらない思いについてお聞かせください。

徳永さん
我々が変わらないのは、ビジョンとミッションです。
ビジョンは「健康選択の自由はすべての人に与えられた知見である」ということ。ミッションは「生体ニーズに基づく提案型社会を構築する」ことです。

今後の取り組みとしては、食品・医療・保険といった幅広いヘルスケア産業を対象に、公的保険外領域で価値を提供していくことを考えています。公的保険外のヘルスケアサービスに取り組む事業者さまに、私たちのAI基盤モデルを活用いただくことで、各社の差別化を支える基盤になりたい。それが大きな方向性です。

そして、今後も変わらない価値観として大切にしているのが、「生活習慣病」といった言葉で表されるような、不可逆な状態に“そもそもさせない”ということです。

病気になる前に介入できる社会の実現を目指していきたい——そんな強い思いがあります。「これは仕方ないよね」「当たり前だよね」と一般常識として受け入れられている社会の認知を変えていきたい

認知が変わることで広がる可能性を信じ、仲間とともに挑戦を続けていきたいと考えています。

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※本記事は、取材時点の情報です
※インタビュアー・編集:株式会社INQ 遠藤 朱美
※デザイン:高橋 亜美

▼本プロジェクトのコンサルタント担当者


若林 哲平
1980年東京都清瀬市生まれ、神奈川県相模原市出身。青山学院大学経営学部卒。株式会社INQ代表取締役CEO、行政書士法人INQ代表。
融資サポートを中心に、様々な領域のスタートアップのシード期の資金調達を支援。
累計融資支援、1,300社、130億超の調達を支援するチームの統括責任者。行政書士/認定支援機関。
複数のスタートアップの社外CFOも務め、業界への理解が深く、デットだけでなくエクイティ両面の調達に明るく、対応がスムーズだとVCやエンジェル投資家からの信頼も厚い。
趣味はキャンプと音楽。4児の父。

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